NARRATOR ROAD


偽脱…

2012/01/01

2012 指針「偽りからの脱却」
2011年版 実録。
・こんなことに気付かされました?
・こんな発見がありました?
・ナレーションの仕事をした折、
感動を覚えたので生涯を通して極めていきたい。

昨年秋、表面的な気付きに一喜一憂した、
レッスン生、30代女性の2人が発した言葉の一片。
確認する意味で、その一片に質疑を試んでみると、
何故か否定と解釈され、そして、耐え切れなくなったのか、
指したる理由もなくOPALを去りました。
否定されることに傷つくと言われる今時の若者世代。
いや、30代ともなれば若者ではなく立派な大人世代です。

推測するに、OPAL入所時に思い描いていた、
勝手な理想と目標、根拠も論拠もない希薄な目的意識。
つまりは、良くあるパターンの「どうにかなるであろう」的発想です。

そこまで、気持ちに偽りがありながら、
尚且つ、目指すべきの道の難解さと身の丈を知らぬ人間。
弱さを知り、そして、強さを知り、戦うべき所で戦う、
業界のモラルと常識を理解する者以外は生き残れない。

偽りの象例をあげてみるとこうなる。
・本当の自分は向いていないのではないか。
・何かを犠牲にしてまで頑張れる人間なのか。
・才能、資質、感性は備わっていないのではないか。
・向き不向きや得て不得手を見失っているのではないか。
・エンターティメント性を持ち合わせていないのでないか。

これこそが、OPAL流に言い換えれば「偽り」なのです。

このような迷い、悩みの事象を抱えながら、
思慮深く考えず、表現者として発信者として自立出来るのか、
と言った部分には目を塞ぎ、迷いや悩みを抱いていながら、
邪念と偽りを持ったままワークショップに参加する輩もいる。

若い世代ゆえ、
「心眼」(物事の真実の姿を見抜く鋭い心の働き)は、
持ち合わせてはいないが、 少なくとも自分に素直であるか、
謙虚であるか否かは、自身の判断基準に値すると思われる。

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人間の目とは、
自分が興味あるものに目が向くようになっている。

各人がナレーションに興味があるなら
「偽りからの脱却」する以外に成長する術はない。

撮影地
神奈川県北鎌倉 円覚寺

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