Players WorkShop OPAL


2014年秋
有限会社 CUVE 所属新人ナレーター2名
男性『飛田 律』  女性『わがた やえ』

人の過去は変えられないが、未来は変えられる!
をモットーに「資質」「感性」「適応性」を兼ね備えた精鋭の人材発掘、
そして、次代の声・次代のナレーターを排出しテレビや映像全般へ供給する
世界観が有限会社 CUVEのヴィジョンです。

その世界観に相応しい実践的コーチングは、
個人の情熱、努力、本気度、精神力の支柱に重きを置き育成に務める
Players Workshop OPALは、所属前提に開設している学び舎です。

これまでも数多くの人が所属を求め入所してきましたが、
誰もが、自信を越えた過信と言う邪念を持ってる人が多く見られ、
前の養成機関での評価、所属に値しなかった理由を省みることなく、
入所するが、基本スタンスを変えないから成長に至らず去る者がいる。

そのような状況下で、今回、所属に至った2名は、
数年前、ある養成所でクラスを共にしていた時期があったらしく、
お互い苦い経験を味わってることから、どこか、近似している面があって、
ナレーションの学びに対する思い、熱意は他者を抜いてる。

その要因として、
・飛田 律のケースは、これまである事務所に籍を置きつつ、
ある個人から指導も受けていたが、その実態は、キレイに読む上手く読むが、
ベースの指導であり、そして、身を置く事務所はテレビ業界とは縁が遠く、
主なるナレーションはVPがメインであったと個人談。

前々から、テレビの仕事を欲していたことから、
夏ごろに応募があり、簡易的なオーディションしたところ、
弊社が求めるレベルに達しておらず、改めて、学ばなければテレビ界では
通用しないと促した結果、僅かばかりではあるが、テレビのナレーションへと
一歩前進したかのごとく様相に至り、今回、晴れて所属の身となった。

・わがた やえのケースは、他の養成機関で学んだ年数も長かったが、
その年数に見合うだけのものは得られず、諦めかけたこともと個人談。
とは言ったものの、やはり、種火は消えておらず、これが最後と考え、
今まで以上に、より実践的な学びの指導を受けたい思いを強く抱いた上、
昨年6月より本格的に学び始めた結果、徐々に進化が見えたことから、
収録現場で経験を積ませることを目的に、レギュラーを与えてみるが、
事務所の思いとは裏腹に、結果、レギュラーから外されてしまったのである。

反省すべき点は多々あり、
その後、本人が本人の不出来さに苦悩する日々が続き、
その現れとして、ナレーションに向き合う姿勢、考え方、捉え方まで一変し、
人として、ナレーターとして大きく成長したことから所属へと結びついた。

この2名に総じて言えることは、
何ら根拠もない、自分には出来るであろう、やれるであろう
と言う醜い邪念、過去に多くのレッスン生が捨てきれなかった
「心のバリア」を解き放ったことが勝因の一つであろう。

Players Workshop OPALでは、
キレイに読むこと、上手く読むことを良しとしない、
その意は、そこには個性は存在しなく、その人の魅力も存在しないからである。
加えて、作り手側の意図することに値する表現でなければ認められないなのです。
業界のプロデューサー、ディレクターから聞く言葉に「声が良く上手く読める」人は、
数多くいるが、他に魅力を感じられないから発注することもないと言いきる。

単に、キレイに上手く読むなら「アナウンサー」で充分と言うのである。

それは、最もな理由であり、
全く同感であると同時に、一人の個性、一つの表現で、
いかに、テレビの向こうにいる視聴者に存在を訴えるかが問われるのです。

 

 


ドキュメント

2014/02/25

気付けば、
ブログの空白が早1年を迎えようとしている。

昨年3月の記述以降、学びと所属を求め、入所した者に、
ブログを投稿し、自己アピール、プレゼンするよう促すが、
表現欲求が希薄なのか、文章力に欠けるのか、気が向かない様子である。

この空白を埋めるべく、
オーディションではないが、一部所属者のボイスサンプル収録時に行った
レッスン生のサンプル収録と、そこに至るまでのドキュメントを記述したい。

養成所を渡り歩いた者もいれば、ゼロから学ぶも者等が在籍しており、
その面々の表現力アップ、知恵、知識、技術のスキルアップは容易ではない。

その理由と一例、
・テレビ番組を観てない・現役ナレーター名を知らない・覚悟の欠落・聴感が悪い
・ターゲットがない・ナレーションを軽視・地声が分かっていない・読み癖が強い
・発声が出来ていない・過信が強い・受動型などなど…、多岐に及ぶ。

では、そこに至る要因とは何か、
考察するに、過信からくる怠惰ではないだろうか?
本人の才能、キャパシティに伴う自助努力の欠如ではないだろうか?
養成機関の選択と判断ミスがあったとは言えないだろうか?

そもそも、日本人はブランド嗜好が強く中身を軽視しがちである。
加えて、群がる性質をも持ち合わせている国民性と言うこともあって、
表面上のネームバリューが決め手となっているであろうと推察できる。
情報源が乏しいのか、本物志向が見えてなかったのであろう。

その状況下で、
Players Workshop OPALへ入ってくると、中身は一転し戸惑う者もいる。
と言うのは、発声法、呼吸法をベースに心もって豊かな表現を伝える基本概念と、
その人となりの「魂」が宿る音声表現ナレーションを放送メディアに供給するが、
モットーとしている為、メンタル強化から始まり基本、基礎、表現に不可欠な
原理原則の知恵、知識等を徹底的にコーチングしていく。

まず、入所時の第一声として、ナレーションは簡単ではない、
表現を学ぶとは、自己を学ぶことであって、軽視した学びの姿勢は、
後々、必ずと言ってよいほど辛くも苦しくもなる結果に陥ると断言するが、
誰一人として、重く受け止めることなく、苦言を活かせる者はいなかった。

学ぶ者たちの考え方に、
知恵、知識、技などを盗むと言う発想がなく受け身のみの姿勢。
日本人だから日本語は読める、だから自分にもナレーションは出来る、
と言う軽視した捉え方が強く、その考えを捨てさることなく進む。

収録を終えると、無味無臭の表現、味気なく伝わらない表現・・・
何故、この原稿、この文脈、この意味内容が、そんな表現になるんだと問えば、
意味不明で自分勝手なイメージ、ここをこんな風に読みたいなどと論拠もなく、
コーチングしている息継ぎ、息遣いの意識呼吸、情動呼吸を活かしきれずに、
さっきの読み方と変えてみましたと言う者まで現れる。
単に、読んでいるから伝わらない、読む行為に真意はないのだ。

 

リスペクトする大御所の著書に、こんな記述がある。
「声質がよくて、発音が明晰であれば共通語は話せる、
書いたものを読むだけなら、誰でも出来る」と・・・
多くの人が当たり前のようにできると思っていることを見つめ、考え、
創意工夫して取り組まなければいけない、実際そうでなければ満足はできない。
「言葉」というものの働きと役割について様々なことを考えなければならない。

テレビ放送が始まって60年。
番組とは映像作品であって芸術の世界です。
ナレーションが番組を生かし殺しもすると言われます。

ゆえに、いかに語るか、いかに語るかが問われる。

答えの見えない、完成形のないものを築きあげる創作の世界では、
イマジネーション(想像力)とクリエイティブ(創作力)を養うが第一優先事項。
日々のフィールドにアンテナを張りめぐらせ、ありとあらゆる情報をキャッチし、
自身の身体に落とし込むと言う孤独な作業の繰り返しが身を結ぶに違いない。

そして、「選ばれし人・選ばれしナレーター」として、
オファーがあってこそ、本人のみが知りうる答えとなるのかもしれない。

目指す道は長くて遠く、決して平坦ではない。
どこにも近道はない、一日も早く近づきたい、着地したいと願うなら、
一に今の自分を受け入れ、二に努力、三に効率の良い練習をする以外、
方法論はないと認識し取り組むことが唯一の方策です。

今期は、昨年、CSチャンネルにてある番組ナレーションを担当し、
失敗に終わった、レッスン生が己と対峙し苦悩から発露された意識改革と、
自己改善の努力に報いり、この4月より所属させるに至る。

だが、ナレーター人生のスタートラインに立ったばかり、
どのように開花し、どのような色合いに染まっていくかの術は、
心のみ知ることであり、生かすも殺すも本人しだいである。

 

Written by@Boss


honda Notes #007

2013/03/21

Players Workshop OPALには、
「ナレーション表現化心得」というものがあります。

全部で13条のナレーションを学ぶ際に絶対に外せない肝です。

その中に「書き手がイメージする構成を明確に読解力ある
「ナレーションを実践」という心得があります。

ナレーション原稿を書く放送作家さん、
ディレクターの方が一体どういう思いを込めて、
どういう背景でこの原稿を生み出してくださったのか。
そこにどれだけの人が関わっているのか・・・。
今の私には到底それは全て理解できないです。
でも、精一杯考えることはできます。
今の自分で感じられる100パーセントを吸収し、
それを一生懸命、作り手の方のために、
視聴者の皆さんのために伝えようとすることは出来ます。

今の自分で。
そのことを最近ひしひしと感じるようになりました。

それを感じると同時に、
「自分の地声って、何なんだろう」
という疑問もふくらんできました。

私が、今までやっていた声の出し方は完全に地声ではありません。
変に高くてスカスカ、自分の気持ちも入っていません。
ただかっこつけて「うまく読もう」としているだけ。

しかし、「自分の素直な気持ちで。地の声で」
とすると、確かに前より太い中身の入った声にはなるものの、
録音したものを聞くと聞きづらいのです・・・。

メロディのようなものになっていないのです。
ベターっとした、音色のないナレーション。
地声、とはなんなのでしょうか。

今の自分の素の声、とするならば今の私の地声は商品になりません。
「ナレーションやるんだ!」という覚悟を持った上で、
自分の感情を追い込んで発露させ、
そこで生まれる声が地声、ということなのでしょうか。

「地声を分かっている人は少ない」という先生の言葉。

答えは簡単にはでそうにありません。

Written by@honda

 


honda notes #006

2013/03/13

前回の投稿から、大分、時間が過ぎました。

この一ヶ月、
「自分は、今までどう生きてきたのか」
「この先々、どう生きて行くのか」を考える日々でした。

ナレーションの本筋とは離れた内容であり、
見苦しい文章になるかもしれませんが、綴らせて下さい。

「ナレーションには、その人の生き様が表れる」
という先生の哲学の教え、Players WorkShop OPALでは、
表現の技術論に留まらず、その人自身の生き方にまで話は及びます。

「ナレーションが進化しないのは、
心に宿る雑念と邪念を抱く、生き方に問題があると言われます」
「なぜそうなるんだ」
なぜ・・・
なぜ・・・

自分自身の愚かさから目をそらすため、
先生の問いかけから逃げるため、耳をふさぎました。

何度も、「辞めたい」と口にしました。
「どうでもよい」と、自暴自棄になりました。
その度に、私への問いかけを止めない先生を拒否しました。

その問いかけに気づかされ、
考えるきっかけとなったのは、家族の存在でした。
私の身勝手な我ままのせいで、どれだけ大切な人を傷つけてきたか。
この先一生、それを続けるのかと・・・

番組の制作スタッフ。
番組に出演する演者の方々。
テレビの先にいる視聴者の方々・・・。

ナレーターは、その全てに思いを注ぐべき存在です。

いつも自分のことが一番で、
身近な人さえ思いやれない私には、その資格がありません。
その結論に行き着き、改めて、OPALを辞めようと思いました。

でも、辞めてしまえば私はこのままです。
大切な人を守ることができず、傷つけてばかりのままです。

私は一人では生きて行けません。
そこに答えがありました。

「相手を思って行動すること。」
私にこれが欠けていることが、
様々な苦しみをまき散らしている根源です。

しかし、日々これが出来ない自分との葛藤が続きます。

「ナレーションと言う表現の学びを通して、
心と技を磨き大人へと成長させる以外、今のお前には道はない」

厳しくも、温かい先生の言葉です。

 
Writen by@honda

 


honda Notes #005

2013/01/25

またまた、やってしまいしました。
性懲りもないと言うか、私の失敗談の追記です。

ブログをご覧の方の中には、
ナレーターの道を歩んでいる方や、
士気高く志している方も多くいらっしゃると思います。

昨年、ちょうどこのブログを書き始めた頃から、
「ナレーションがやりたい!」という熱い情熱が、
日を追うごとに湧き上がってきました。

しかし、それは大きな勘違い、幻想であったことに気づかされました。
そのきっかけは、年が明けてからのワークショップです。

なんら変化のない、力んだナレーション。
先生からの質問に対する的外れな答え。

「お前には期待したが、俺の目がかすんでいた」
先生にはっきりと言われました。
「本気で取り組んでいるなら、結果が出ているはずだ」

私は、実際には何もしていないくせに、
「私にも出来るんだ」という、根拠のない自信にあふれ、
勝手な期待と幻想に酔っていただけだったのでした。

すべての元凶は、私自身です。
楽をしたい、誰かなんとかしてくれる、と言うずるく姑息な考え。
それが、すべての源と言っても過言ではないと思います。

やり続けることによってしか、自信はつかない。
やり続けることによってしか、結果は見えない。

今、私はからっぽです。
ナレーションのことを何もわかっていない、
人間性も個性も何もない、私。
ゼロ、いえむしろマイナスからのスタートです。

ここからとにかく、
期待せず、あれこれと多くを考えず、
先生の教えをひたすら実行し「守破離」を確立する。
その言葉を肝に銘じ実践しなければ道は開けないのです。

幻想のやる気だけで大口をたたき、
先生、そしてワークショップの仲間にも迷惑をかけました。
もう一度、一から、やらさせてください。

「ナレーションをなめるな」!
なめる奴は、なめた分だけ苦しむことになる・・・
と言う、先生の言葉が頭の中で響きます。

Writen by@honda


honda Notes #004

2013/01/07

ブログをご覧の皆様方、
新年あけましておめでとうございます!

2013年1月6日。
年明け、初回のPLAYERS WORKSHOP OPAL。
開始前に、先生と一緒に初詣と護摩祈願をさせていただきました。
神聖な護摩の炎を見つめながら、
「自分のナレーションを突き詰めるんだ!」
という決意を改めて強く持つことができました。

目黒不動尊

また新しい1年の足跡をこのblogに残して行きます。
拙いコメントの数々になろうかと思いますが、
今年も、どうぞよろしくお願いします。
Written by@honda


honda Notes #003

2012/12/28

今から、約9ヶ月前。
私が、OPALの門をたたいたときの思いを記します。
「きっとここで学べば、どうにか仕事ができるだろう」
という上っ面に満ちた希望と欲望。

先生に原稿読みを「ああしてみろ、こうしてみろ」
と言われて驚くほど変わった自分の読みと表現は、
自分の内側から湧いて来たナレーションではなく、
ただただ先生に引っ張られて出た結果を、
まるで自分で手にしたかのように舞い上がっていました。

私が理想とするナレーションは、
今の自分を全て表現にこめること。

では、自分とは何か?
世間の皆様に訴えかけられる、
自分にしかないものが必ずあるはず。

それを探し問い続ける表現者の旅がようやく始まりました。

このスタートラインに立つまでに8ヶ月。
とても長い時間を要したかのように感じています。

自分を偽らず正直に生きている人は、
もっと早くからスタートできているのに・・・。
と、そのことにも気づかされました。

けれど、
勘違いでも思い込みでもなんでもいい、
とにかくOPALに入ってくれた過去の自分に感謝したいです。

そして、途中幾度となく投げ出したくて、
逃げたい心境に駆られた時、今の自分、素の自分に問いかける
チャンスを下さった先生に熱い思いがこみ上げます。

これから、
この思いをどうナレーションに昇華させていくのか。
どう鍛錬していくのか。
ナレーションの世界へ足を踏み入れる覚悟がようやく出来た
2012年が間もなく過ぎ去ろうとしています。

Written by@honda


honda Notes #002

2012/12/20

OPAL Blog
投稿2回目となる、hondaです。

私には、目標であり目指すべきナレーターがいます。

その方はと言うと、
夜のニュース番組でナレーションを読んでいる人です。
先日のブログに記述したアクセント練習も、
その方のナレーション、音声表現を参考にしています。

前回のレッスンで、
先生に「なぜ、その人なんだ?」
「追いかける理由なんだ」と聞かれました。

「喜怒哀楽、様々な表現と感情、抑揚がニュースから伝わり、
「今の社会に対して、きっと、ものすごく強い考えや意思があって・・・」

説明したい言葉は、
思考の中から次から次に出てくるものの、
起承転結に、ビシっと答えられませんでした。

すると先生に、
「なぜその人に惹かれるのか、
一言で説明できなくてはいけない。
その答えはお前自身の中にある。
理由が見つけられなければ、その人を追いかける意味が存在しない」
と、指摘され気持ちと一体化していないと思い知らされました。

先日、「カンブリア宮殿」で、
25歳で最年少上場記録を更新した、
リブセンスの村上太一社長がこう言っていました。

「最初は『やりたい、やりたい』という感情が原動力だった。
でもそれだけでは感情に惑わされ、途中で落ち込んでしまう。
そこから一歩踏み込み、理性で感情を言語化することで乗り越えられた。
その後、一切ブレることはなくなったと言います」

『やりたい』という感情を突き詰めて考え言葉にした結果、
それが、彼の会社の企業理念になっているそうです。

「その人のナレーションは、・・・・・だ。
だから、私は、その人の背中を追いかけている。」

一言で説明できるからこそ、
そこに、明確なビジョンが発露され、
目指すべき、揺るぎのない軸が生まれるのだと思います。

何故、その人なのか。
ただの「好き」から一歩、二歩と踏み込まなくては・・・

Written by@honda


honda Notes #001

2012/12/05

初めまして、
Playeras Wotkshop OPALブログ初投稿のhondaです。

簡単に自己紹介いたします。
現在28歳で、大学卒業後、地方局でのラジオパーソナリティ、
おしゃべりとは関係ない会社員という職を経て、
今年の四月からOPALに参加させて頂いております。
どうぞよろしくお願いいたします。
OPALで学ばせて頂くようになってから七ヶ月。
様々な知恵や知識を授けてもらいましたが、
「これって一体どういうこと?」
「これが今の自分の課題なんだ!」
と言うような、中から湧き上がる具体的な情熱が無いままに時が過ぎ、
初ブログまで、お恥ずかしながら七ヶ月も経ってしまいました。

この七ヶ月の経緯については、
また少しずつお話するとして・・・
今日は、「アクセント」について書きたいと思います。

OPALに入って早々、先生に言われました。
「全くの平板。アクセントが何もできていない。」
正直、最初はピンときませんでした。

「いやいや先生、私だってラジオでちょっとはニュースも読みましたし、
そんなおかしなアクセントではないはずですよ。」(心の声)
と、今思うと失礼千万、何にも分かっていない素人の恥ずかしい傲慢な考えでした。

その傲慢な考えはつい最近まで続いており、
ようやっと自分が考えている「アクセント」と
先生が考えている「アクセント」の違いに、
ここ一ヶ月で「全く違うんだ」ということを体で感じ始めました。

アクセントとは、
「ただ単に意味の通じるアクセント」ではなくて、
「美しい日本語として相手に伝えるためのアクセント」なんだ、と言うことです。

それに気づかされた大きな転換点は、
「アクセントのところで体を浮き上がらせてみなさい」
という先生の言葉。

例えば、
「こんにちは」だと、アクセントは第二音の「ん」にくるので、
「ん」で体をヒュっと上に浮き上がらせます。
すると、クっとお腹に力が入り、「ん」で音色が明るくなり、
何もやっていない普通の「こんにちは」より、
音階が出来て、一音一音もとても聴きやすい「こんにちは」になります。
口も開いて舌も動きます。

ヒュっと体を浮かせなくても、「ん」を意識すればいいんじゃないの、
と思いやってみますがあら不思議。
体を持ち上げないと、「ん」をきれいに立たせることができないのです。

すべて、ひらがなにした原稿のアクセントに赤で印をつけて
この方法で読むと、それまでの自分流の読み方よりも、
緩急がついて聴きやすいナレーションになります。
そしてほんの短い30秒の原稿でも、
お腹はバフバフ動き、結構疲れる・・・。

それでハッと気づかされることがありました。
「今の若者のしゃべり方は、平板でアクセントが無く、
語尾ものびっぱなし、だらしない。体たらく。」
という先生の言葉の意味。

私は正直、「確かに私も若者言葉だけど、そこまで乱れていないはず」
なんて思っていましたが、
28年間、体に楽をさせてアクセントを無視してしゃべり続けてきたんだ、
ということにそこで気づかされたのです。

自分の周囲の人の話し方に耳を澄ますと、
確かに40代50代から上の方の話し方にはアクセントがあり、
比較的音色が豊か。
それに比べて私たちの世代は、アクセントがなくベターっとしている人が多い。
(もちろん全てがそれに当てはまる訳では有りませんが)

「日本語を話す・伝える」お仕事を目指す人間として、
恥ずかしい、大きな大きなハンディキャップです。

初回から長々と書いてしまいましたが、
まとめとしてはこういうことです。
自分の目下の目標は、「アクセントを体にしみ込ませること。」

今日も先生には「アクセントのところだけでなく、
全てを強く読んでいるだけ。アクセントが立っていない」とのご指摘。

「これだ!」と思ったら丁寧に精査せず、
ゴリゴリ押し進める雑な自分がまた出てしまっています。

道のりはまだまだ長い。
でも一歩ずつ。

気付きが生まれたら、またご報告させて下さい。

Wrriten by@honda


sayaka Notes #004

2012/03/30

もう3月も終わりです。
新年度が始まる季節ですね。

OPALでナレーションを学ぶようになって、4ヶ月が経ちました。

最近の一番大きな変化は、
自分には資質も才能も備わっていないことを、認めたことです。
今までやっぱりどこかで、「いつか才能が開花するんじゃないか」と
理想を持っていたと思います。

でも、そんなものがあれば、とっくに成功していたはずです。

無いのだから、自分を追い込んで努力しなければならないのです。
背伸びをして、今の自分のレベルの低さを見なくてはいけない。

理想を理想のままにするのではなく、実現する為、
道筋を自分でしっかり見つめ、延ばしていかなければいけません。
そういうことを、ようやく認めることが出来ました。

そして、もうひとつ大きな問題が…。
感性と言うか、感じる心が理屈っぽくて素直じゃないのです。
どうしても「正解」を探そうとしてしまい、
感じるままに表現することが出来ません。
いや、そもそも感じ方が若くない、という…。

Bossにも、
年齢の割に考え方が凝り固まっているとよくご指摘を頂きます。

あんまり枠からはみ出さないように生きてきた結果だと思います。
もっと柔軟に、バカでもいいから素直に、そしていつも前向きに。
色んな人や物に感化されながら、自分をさらけ出していこうと思います。

今月に入って、梅の花を見に行きました。
去年までわざわざ花を見に出かけたりしなかったけど、
改めてじっくり見ると、良いものですね。

心が穏やかに、暖かくなりました。
桜が咲いたらまた出かけてみようと思います。

久しぶりに髪もばっさり切って、少しスッキリしました!
新しい春に向けて、気持ちを切り替えて挑んでいきます。

Written by@sayaka

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