Players WorkShop OPAL


honda Notes #007

2013/03/21

Players Workshop OPALには、
「ナレーション表現化心得」というものがあります。

全部で13条のナレーションを学ぶ際に絶対に外せない肝です。

その中に「書き手がイメージする構成を明確に読解力ある
「ナレーションを実践」という心得があります。

ナレーション原稿を書く放送作家さん、
ディレクターの方が一体どういう思いを込めて、
どういう背景でこの原稿を生み出してくださったのか。
そこにどれだけの人が関わっているのか・・・。
今の私には到底それは全て理解できないです。
でも、精一杯考えることはできます。
今の自分で感じられる100パーセントを吸収し、
それを一生懸命、作り手の方のために、
視聴者の皆さんのために伝えようとすることは出来ます。

今の自分で。
そのことを最近ひしひしと感じるようになりました。

それを感じると同時に、
「自分の地声って、何なんだろう」
という疑問もふくらんできました。

私が、今までやっていた声の出し方は完全に地声ではありません。
変に高くてスカスカ、自分の気持ちも入っていません。
ただかっこつけて「うまく読もう」としているだけ。

しかし、「自分の素直な気持ちで。地の声で」
とすると、確かに前より太い中身の入った声にはなるものの、
録音したものを聞くと聞きづらいのです・・・。

メロディのようなものになっていないのです。
ベターっとした、音色のないナレーション。
地声、とはなんなのでしょうか。

今の自分の素の声、とするならば今の私の地声は商品になりません。
「ナレーションやるんだ!」という覚悟を持った上で、
自分の感情を追い込んで発露させ、
そこで生まれる声が地声、ということなのでしょうか。

「地声を分かっている人は少ない」という先生の言葉。

答えは簡単にはでそうにありません。

Written by@honda

 


honda Notes #005

2013/01/25

またまた、やってしまいしました。
性懲りもないと言うか、私の失敗談の追記です。

ブログをご覧の方の中には、
ナレーターの道を歩んでいる方や、
士気高く志している方も多くいらっしゃると思います。

昨年、ちょうどこのブログを書き始めた頃から、
「ナレーションがやりたい!」という熱い情熱が、
日を追うごとに湧き上がってきました。

しかし、それは大きな勘違い、幻想であったことに気づかされました。
そのきっかけは、年が明けてからのワークショップです。

なんら変化のない、力んだナレーション。
先生からの質問に対する的外れな答え。

「お前には期待したが、俺の目がかすんでいた」
先生にはっきりと言われました。
「本気で取り組んでいるなら、結果が出ているはずだ」

私は、実際には何もしていないくせに、
「私にも出来るんだ」という、根拠のない自信にあふれ、
勝手な期待と幻想に酔っていただけだったのでした。

すべての元凶は、私自身です。
楽をしたい、誰かなんとかしてくれる、と言うずるく姑息な考え。
それが、すべての源と言っても過言ではないと思います。

やり続けることによってしか、自信はつかない。
やり続けることによってしか、結果は見えない。

今、私はからっぽです。
ナレーションのことを何もわかっていない、
人間性も個性も何もない、私。
ゼロ、いえむしろマイナスからのスタートです。

ここからとにかく、
期待せず、あれこれと多くを考えず、
先生の教えをひたすら実行し「守破離」を確立する。
その言葉を肝に銘じ実践しなければ道は開けないのです。

幻想のやる気だけで大口をたたき、
先生、そしてワークショップの仲間にも迷惑をかけました。
もう一度、一から、やらさせてください。

「ナレーションをなめるな」!
なめる奴は、なめた分だけ苦しむことになる・・・
と言う、先生の言葉が頭の中で響きます。

Writen by@honda


honda Notes #004

2013/01/07

ブログをご覧の皆様方、
新年あけましておめでとうございます!

2013年1月6日。
年明け、初回のPLAYERS WORKSHOP OPAL。
開始前に、先生と一緒に初詣と護摩祈願をさせていただきました。
神聖な護摩の炎を見つめながら、
「自分のナレーションを突き詰めるんだ!」
という決意を改めて強く持つことができました。

目黒不動尊

また新しい1年の足跡をこのblogに残して行きます。
拙いコメントの数々になろうかと思いますが、
今年も、どうぞよろしくお願いします。
Written by@honda


honda Notes #003

2012/12/28

今から、約9ヶ月前。
私が、OPALの門をたたいたときの思いを記します。
「きっとここで学べば、どうにか仕事ができるだろう」
という上っ面に満ちた希望と欲望。

先生に原稿読みを「ああしてみろ、こうしてみろ」
と言われて驚くほど変わった自分の読みと表現は、
自分の内側から湧いて来たナレーションではなく、
ただただ先生に引っ張られて出た結果を、
まるで自分で手にしたかのように舞い上がっていました。

私が理想とするナレーションは、
今の自分を全て表現にこめること。

では、自分とは何か?
世間の皆様に訴えかけられる、
自分にしかないものが必ずあるはず。

それを探し問い続ける表現者の旅がようやく始まりました。

このスタートラインに立つまでに8ヶ月。
とても長い時間を要したかのように感じています。

自分を偽らず正直に生きている人は、
もっと早くからスタートできているのに・・・。
と、そのことにも気づかされました。

けれど、
勘違いでも思い込みでもなんでもいい、
とにかくOPALに入ってくれた過去の自分に感謝したいです。

そして、途中幾度となく投げ出したくて、
逃げたい心境に駆られた時、今の自分、素の自分に問いかける
チャンスを下さった先生に熱い思いがこみ上げます。

これから、
この思いをどうナレーションに昇華させていくのか。
どう鍛錬していくのか。
ナレーションの世界へ足を踏み入れる覚悟がようやく出来た
2012年が間もなく過ぎ去ろうとしています。

Written by@honda


honda Notes #002

2012/12/20

OPAL Blog
投稿2回目となる、hondaです。

私には、目標であり目指すべきナレーターがいます。

その方はと言うと、
夜のニュース番組でナレーションを読んでいる人です。
先日のブログに記述したアクセント練習も、
その方のナレーション、音声表現を参考にしています。

前回のレッスンで、
先生に「なぜ、その人なんだ?」
「追いかける理由なんだ」と聞かれました。

「喜怒哀楽、様々な表現と感情、抑揚がニュースから伝わり、
「今の社会に対して、きっと、ものすごく強い考えや意思があって・・・」

説明したい言葉は、
思考の中から次から次に出てくるものの、
起承転結に、ビシっと答えられませんでした。

すると先生に、
「なぜその人に惹かれるのか、
一言で説明できなくてはいけない。
その答えはお前自身の中にある。
理由が見つけられなければ、その人を追いかける意味が存在しない」
と、指摘され気持ちと一体化していないと思い知らされました。

先日、「カンブリア宮殿」で、
25歳で最年少上場記録を更新した、
リブセンスの村上太一社長がこう言っていました。

「最初は『やりたい、やりたい』という感情が原動力だった。
でもそれだけでは感情に惑わされ、途中で落ち込んでしまう。
そこから一歩踏み込み、理性で感情を言語化することで乗り越えられた。
その後、一切ブレることはなくなったと言います」

『やりたい』という感情を突き詰めて考え言葉にした結果、
それが、彼の会社の企業理念になっているそうです。

「その人のナレーションは、・・・・・だ。
だから、私は、その人の背中を追いかけている。」

一言で説明できるからこそ、
そこに、明確なビジョンが発露され、
目指すべき、揺るぎのない軸が生まれるのだと思います。

何故、その人なのか。
ただの「好き」から一歩、二歩と踏み込まなくては・・・

Written by@honda


honda Notes #001

2012/12/05

初めまして、
Playeras Wotkshop OPALブログ初投稿のhondaです。

簡単に自己紹介いたします。
現在28歳で、大学卒業後、地方局でのラジオパーソナリティ、
おしゃべりとは関係ない会社員という職を経て、
今年の四月からOPALに参加させて頂いております。
どうぞよろしくお願いいたします。
OPALで学ばせて頂くようになってから七ヶ月。
様々な知恵や知識を授けてもらいましたが、
「これって一体どういうこと?」
「これが今の自分の課題なんだ!」
と言うような、中から湧き上がる具体的な情熱が無いままに時が過ぎ、
初ブログまで、お恥ずかしながら七ヶ月も経ってしまいました。

この七ヶ月の経緯については、
また少しずつお話するとして・・・
今日は、「アクセント」について書きたいと思います。

OPALに入って早々、先生に言われました。
「全くの平板。アクセントが何もできていない。」
正直、最初はピンときませんでした。

「いやいや先生、私だってラジオでちょっとはニュースも読みましたし、
そんなおかしなアクセントではないはずですよ。」(心の声)
と、今思うと失礼千万、何にも分かっていない素人の恥ずかしい傲慢な考えでした。

その傲慢な考えはつい最近まで続いており、
ようやっと自分が考えている「アクセント」と
先生が考えている「アクセント」の違いに、
ここ一ヶ月で「全く違うんだ」ということを体で感じ始めました。

アクセントとは、
「ただ単に意味の通じるアクセント」ではなくて、
「美しい日本語として相手に伝えるためのアクセント」なんだ、と言うことです。

それに気づかされた大きな転換点は、
「アクセントのところで体を浮き上がらせてみなさい」
という先生の言葉。

例えば、
「こんにちは」だと、アクセントは第二音の「ん」にくるので、
「ん」で体をヒュっと上に浮き上がらせます。
すると、クっとお腹に力が入り、「ん」で音色が明るくなり、
何もやっていない普通の「こんにちは」より、
音階が出来て、一音一音もとても聴きやすい「こんにちは」になります。
口も開いて舌も動きます。

ヒュっと体を浮かせなくても、「ん」を意識すればいいんじゃないの、
と思いやってみますがあら不思議。
体を持ち上げないと、「ん」をきれいに立たせることができないのです。

すべて、ひらがなにした原稿のアクセントに赤で印をつけて
この方法で読むと、それまでの自分流の読み方よりも、
緩急がついて聴きやすいナレーションになります。
そしてほんの短い30秒の原稿でも、
お腹はバフバフ動き、結構疲れる・・・。

それでハッと気づかされることがありました。
「今の若者のしゃべり方は、平板でアクセントが無く、
語尾ものびっぱなし、だらしない。体たらく。」
という先生の言葉の意味。

私は正直、「確かに私も若者言葉だけど、そこまで乱れていないはず」
なんて思っていましたが、
28年間、体に楽をさせてアクセントを無視してしゃべり続けてきたんだ、
ということにそこで気づかされたのです。

自分の周囲の人の話し方に耳を澄ますと、
確かに40代50代から上の方の話し方にはアクセントがあり、
比較的音色が豊か。
それに比べて私たちの世代は、アクセントがなくベターっとしている人が多い。
(もちろん全てがそれに当てはまる訳では有りませんが)

「日本語を話す・伝える」お仕事を目指す人間として、
恥ずかしい、大きな大きなハンディキャップです。

初回から長々と書いてしまいましたが、
まとめとしてはこういうことです。
自分の目下の目標は、「アクセントを体にしみ込ませること。」

今日も先生には「アクセントのところだけでなく、
全てを強く読んでいるだけ。アクセントが立っていない」とのご指摘。

「これだ!」と思ったら丁寧に精査せず、
ゴリゴリ押し進める雑な自分がまた出てしまっています。

道のりはまだまだ長い。
でも一歩ずつ。

気付きが生まれたら、またご報告させて下さい。

Wrriten by@honda


sayaka Notes #004

2012/03/30

もう3月も終わりです。
新年度が始まる季節ですね。

OPALでナレーションを学ぶようになって、4ヶ月が経ちました。

最近の一番大きな変化は、
自分には資質も才能も備わっていないことを、認めたことです。
今までやっぱりどこかで、「いつか才能が開花するんじゃないか」と
理想を持っていたと思います。

でも、そんなものがあれば、とっくに成功していたはずです。

無いのだから、自分を追い込んで努力しなければならないのです。
背伸びをして、今の自分のレベルの低さを見なくてはいけない。

理想を理想のままにするのではなく、実現する為、
道筋を自分でしっかり見つめ、延ばしていかなければいけません。
そういうことを、ようやく認めることが出来ました。

そして、もうひとつ大きな問題が…。
感性と言うか、感じる心が理屈っぽくて素直じゃないのです。
どうしても「正解」を探そうとしてしまい、
感じるままに表現することが出来ません。
いや、そもそも感じ方が若くない、という…。

Bossにも、
年齢の割に考え方が凝り固まっているとよくご指摘を頂きます。

あんまり枠からはみ出さないように生きてきた結果だと思います。
もっと柔軟に、バカでもいいから素直に、そしていつも前向きに。
色んな人や物に感化されながら、自分をさらけ出していこうと思います。

今月に入って、梅の花を見に行きました。
去年までわざわざ花を見に出かけたりしなかったけど、
改めてじっくり見ると、良いものですね。

心が穏やかに、暖かくなりました。
桜が咲いたらまた出かけてみようと思います。

久しぶりに髪もばっさり切って、少しスッキリしました!
新しい春に向けて、気持ちを切り替えて挑んでいきます。

Written by@sayaka


sayaka Notes #003

2012/02/23

2月13日(月)に、ボイスサンプル収録がありました。

私はOPALに参加してまだ日が浅いのですが、
Bossのご配慮で皆さんと一緒に参加させて頂きました。

外から業界を見ていると、
ボイスサンプルとは、等身大に見合ったことが出来れば良くて、
「出来が悪い」という結果自体、あり得ない気がします。
でも、ワークショップでディレクターさん、プロデューサーさんの、
実際の評価や、求めているものを聞かせて頂くと、
自分の認識がいかに素人であったかということが解ります。

CUVEでは、サンプルを作成するのに、かなりの時間をかけています。
OPALでも年末から動き出し、レッスンを重ねて頂きました。

それだけ、サンプルとは仕事に繋がるものだと重要視しているのです。

それに比べ、私はと言うと…
そういうことをやっと理解できた段階で、
折角受けた指導も上手く消化出来ず仕舞いでした。

収録の時も思った以上に緊張してしまい…。
実際に出来上がった完成版を聴かせて頂くと、
自分が思い描いていたものとは全く違っていてがっくりしました。

はどうも、焦っているようで、
今のところ何をやっても空回りしてばっかりのようです。
上手くやらなければ、応えなければという身の程知らずな部分が強い。

等身大の自分というものを見つめ直し、向き合って、
背伸びしないで努力していくということが、今の私には必要です。

そうしないと、サンプルと言う
「自分をプロデュースするもの」も作れませんし、
成長もしていかないのだと思います。

PALでの体験はいつも勉強の連続ですが、
サンプルという、はっきりと結果の出る体験をさせて頂いたことで、
より強く己のレベルの低さを痛感したのでした。

Written by@sayaka


sayaka Notes #002

2012/01/09

さて、
前回の記事で「次回に書きます」と言っていた
OPALで1カ月間レッスンを受けて得た「心境の変化」について。

レッスンが始まって、
一番基礎のアーティキュレーションから教えて頂いたのですが、
この段階ですでに、Bossからの一字一句へのご指導を受けました。

自分がこれまでいかに適当に発音していたかということ、
口や舌の適正な開け方・位置ひとつに対しても、
これまで意識をしていなかったということに気付かされました。

今まで他で習ったことのあるレッスンでも勿論、
滑舌や声の出し方に対しての言及はありましたが、
「良くしなさい」「練習しなさい」と言われるだけで、
具体的な指導はありませんでした。

更に、OPALほど一語一音に拘っていた場所はなかったように思います。

そしてご指摘頂いた部分を正確に直せた時は、
私でも確実に良くなっていたのです。

自分はまだまだ知らないこと、意識出来てないことが
沢山あったのだなと思いました。

OPALに出会う前、私が一番悩んでいたのが、
「自分にこの道を目指し続ける価値があるのかどうか」でした。

ですが、こうやって自分の無知・無神経さが露呈された今、
そんなところで悩む段階にすら達していないのではないかと思いました。
何故なら、出来ていない部分が多いということは、裏返せば
まだまだ直せる部分が沢山あるということではないかと思うのです。

自分がやれる努力と、研究と、技術の向上を全てやりきってようやく、
「ナレーションの才能があるかどうか」を判断できるのではないかと思うのです。

勉強することはこれから途方もなく沢山ありますが、
だからこそ、前向きに未来を目指す気持ちになることが出来ました。

私の挑戦はまだ始まったばかりです。
自分の出来なさ加減に一瞬落ち込むことも増えてきましたが、
一歩でも先へ進めるよう、頑張っていきます!

Written by@sayaka


sayaka Notes #001

2011/02/28

初めまして!12月から、
Players Workshop OPALで勉強させて頂いております、
土江サヤカと申します。

これからOPALで感じたこと学んだことを、
ブログに綴っていきたいと思いますので、宜しくお願い致します。

初回なので、まずは簡単に自己紹介とOPALに参加させて頂く経緯を…。

私は大阪生まれの大阪育ちです。
中学生頃から声優を夢見ていて、
大学生の時に並行して養成所に通っていました。

卒業と同時に上京し、
一応、とあるプロダクションに預かりのような形で所属させて頂いていました。
ですが、そこで自分で自分を高める努力とアピールする努力を怠り、
結果は何も残せないまま契約期間が終ってしまったのでした。

「自分はもう終わりなのかな」
「本当は思っていたほど熱意がなかったのではないか」
約1年間、そんな風にもやもやしていました。

そんな時、
たまたま有限会社CUVEのホームページを見つけました。

失礼ながら、CUVEの存在はそれまで知らなかったのですが、
所属しているナレーターのサンプルを聞いて「しっかりしている」と感じたこと、
詳細は解らないけれどレッスンがあって所属者を育てようとしていること、
「NEW COMER」としてエントリーを受け入れてくれていること
これらの点に惹かれ、殆ど衝動で応募をしてしまいました。

初めてOPALを見学させて頂いて、驚きました。

一人一人に対して、
一言一言に対して、本当に細かいところまで指導があり、
根本的な「考え方」「物事への向き合い方」まで問題定義がなされていました。
これは本当に心してかからないと、ついていけないぞと思いました。

参加している方々も真剣に苦しみ、
戦っているのを感じ、甘える余地のない環境に惹かれました。

私の、その時の気持ちは、
はっきりと「ナレーションをやりたいんです!何がなんでも!」と
言い切れるものではありませんでした。

一度挫折してしまった自分が、
果たして、本当にもう一度頑張れるだろうか。

そして、結果を残し「この道を選んでよかった」と思えるだろうか。
ある意味、自分試しのつもりがありました。

でも、OPALの授業を見ていると、
そんな私でもうずうずと心が動いてやってみたいという気持ちに。

Bossにそうお話すると、Bossは否定することなく聞いて下さいました。
そこでまずは3ケ月を目安に、私に続ける価値があるかどうかを、
自分でもBossにも見極めて頂きたいという方向になりました。

約1ケ月が経った現在。
刺激と感動が余りに多くて、早くも心境に変化がありました。

でも、
長くなって来ましたのでそれはまた、次回に書かせて頂こうと思います…。

2011年も締めに入ってきた、今日この頃。
こんなにも前向きな気持ちで新年に向かえることがとても嬉しいです。

2012年は「龍」のごとく高く飛翔できるように、頑張ります!

Written by@sayaka

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